!ご注意!

大切な『宝物』。音信不通の3つ年上の幼馴染に会うために彼の大学へと行った。再会した幼馴染は、過去の輝きはなかった。地味だった。ダサかった。ありえなかった――。幼馴染の3人が、ブラコンでシスコンで奪い合ったりいちゃいちゃしたり、殴られたり、(ボケ)突っ込まれたり、ヤンデレが怖かったりするコメディです。
※TS作品です。ファンタジーとして読んでいただけたら幸いです。
全世界に向けてノーマルラブな御話だと叫びますが、ガールズラブもあるかもしれないのであしからず…。

※2014年6月の即売会で発表する冊子のために書きました。

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(4)





 十二月二十四日、クリスマスイブと言う名の恋人たちのお祭り―極端に言うと日本限定の―クリスマスケーキのバイトを終え、予約していたケ○タッキーのバリューパックを受け取って、一人アパートの部屋でもりもり肉を食らう。

(むなしい…)

 昨年、一昨年と相沢翔がクリスマスの虚しさに付き合ってくれていたのだが、今年はバイト先の後輩が風邪でダウンしたとのことで急遽、朝方キャンセルの連絡が入った。三人前頼んでいたチキンを一人で食べる羽目になり、他の友人をチキンで釣ろうにも肉食ではなく草食―サラダを持参してきそうな感じで、さらには世話焼きの葛木桃果がホールケーキを携えてきそうな勢いなため、一人寂しいクリスマスイブとなった。
 もりもりと鶏肉を胃の中に収めながら、パソコンのテレビ画面からはクリスマスイブに合わせたバラエティ番組が流れてきた。いつもなら深夜に放送する番組だがクリスマス特番と言うことで時間が繰り上げられている。下卑た笑を浮かべた芸人がタレントの男女関係を問いただし、ゲストが騒ぎ立てるという内容だ。
番組を変えてもニュースの時間帯と言うことで正樹はとりあえずその番組をつけたまま、もくもくと鶏肉を租借する。
ウーロン茶で喉を潤しながら一パック空け、二パック目に手をつけようとするとドアベルが鳴った。
視線は棚の上に置かれたデジタル時計に向けられた。二十三時十五分。
首を捻りながら、油の付いた手を布巾で拭い「はーい」と声を上げた。そして、ドアの穴から夜遅く来た来訪者の姿を捉え―チェーンを外そうとしていた指先が固まった。コートを着た碧と、ダウンを着た蒼だ。
瞬時に正樹は自分の姿を見た。前開きのパーカーを羽織っている。中はトレーナーだ。ズボンはジーンズ。よし、いつもの格好。

(それでも見苦しいんだけどなぁああ)

それでも二人には極力良い自分を見せたいという見栄がある。よし、と意気込んでチェーンに指がかかるが、脳裏に浮かんだ―蒼との最後。再び指先が固まる。
二人で来たと言うことは、

(まさか。絶交!?)
を言い渡すつもりじゃ!

正樹は震えた。震えて、居留守を使うにしても先ほど返事をしてしまったことを後悔した。と、突然、玄関のドアをぶち破るのではないかと言うほどの音が響く。
誰かが扉を蹴った。誰か―、多分、蒼だ。
碧が扉を蹴るという行為を結びつけることが出来ない故に、蒼だと決め付ける。正樹は音に驚いて、チェーンに触れていた指先が誤ってチェーンを外してしまった。チャリ、とかすかな音が響くと同時に、ガチャと音を立てて鍵が回される。

「!?」

もちろん、正樹が回したのではない。内側でなく、外側から鍵が開けられたのだ。

「な、なん、な!?」

なんで?!
叫びかけた声が、飛び込んできた影によってかき消された。暖かな温もりが正樹を包む。

「まさきぃ!!」

とても嬉しそうな、いや嬉しがっている声だ。碧は正樹を抱きしめて、

「久しぶり!頑張ったよ!頑張ったんだからねーー!今日のために勉強頑張ったよー!補習なしっ!」

と主張する。目を白黒しながら、正樹は碧を抱き返した。冷たい鍵が閉まる音が室内に響くと、正樹は脅えたように震えた。その震えが碧に伝わったのか、

「ごめんなさい。寒かったよねっ。あ、チキーーン!蒼、チキンだよ!え?三パックもある?なんで?正樹三パックも食べるの?胃もたれしない?だよねー。するよね!胃もたれ!私が手伝ってあげるっ。あ、紋樹堂の正樹の好きなレアチーズケーキ買って来たよ!正樹はそっちね!蒼、包丁とお皿用意!はやくはやく!」

嵐のような問いかけに一切口が挟めず、正樹はチキンを見つけた碧がテーブルに飛びき、蒼の持つケーキ箱を示しながら、蒼に包丁や皿の準備を促し急かす様を唖然と見ていた。そんな正樹を呆れたように見た。テーブルにケーキ箱を置いた蒼がダウンを脱ぎ、台所の棚を引き皿と包丁を準備したところで慌てた。
慌てて、

「え、は?!ちょ!なんでいんの!?」

「え?今来たよ」

「ほら、碧。お皿」

正樹の叫び声に碧はきょとんと瞬きしながら答え、蒼は碧が手にしたチキンの受け皿を渡す。

「ありがとう、蒼。蒼も食べよう」

「夜の11時だぞ。明日胃もたれするぞ」

「大丈夫だよー。あ、正樹はケーキね。ほらほら見てみて!真っ白で、イチゴが乗ってるの!」

レアチーズケーキを碧は見せる。それどころではない正樹はケーキに一瞬視線を移しながら、再びケーキに視線を移した。

「だからっ、…ちょ。これ、クリスマス限定?」

「限定だよー。蒼が並んで買ってくれたの!」

「え。まじ?あそこの店この時期超混んでるだろう?お前風邪引かなかったか?」

ケーキのために並ぶ蒼を想像し、問いただしたい事など綺麗さっぱり忘れて身体のことを心配する。むすりとしている蒼に正樹は、体調が悪いのか?と額に手を伸ばした。手の平から感じる体温は外から来たためにやや低めだ。蒼がさらに不機嫌な顔になる。そんな蒼と正樹を碧はニコニコしながら微笑んで、

「大丈夫だよ。蒼は元気がとりえだもん。この間なんて課外授業で学校で出たお弁当で皆食中毒になったのに蒼だけならなかった―」

「しょ!食中毒!?」

んだよ。と自慢気に告げる碧の言葉を悲鳴で遮り蒼の肩を掴む。掴んで揺らして、大丈夫なのか、病院ちゃんと行ったのか!?と鬼気迫る顔で問い詰める。蒼は問い詰める正樹に顔を寄せて、唇を啄ばんだ。ちゅう、とリップ音が鳴る。目を丸くして固まった正樹に碧が「ずるーい」と声を上げ、背中に抱きついた。

「正樹、私もキ――」

碧が凍る正樹の唇に唇を寄せるが、蒼が手の平で遮った。瞬時にむくれた碧だが、背後から正樹をぎゅうと抱きしめて蒼に「ふふん」と鼻を鳴らして勝ち誇った笑みを浮かべた。その表情に眉を跳ね上げ、正樹を抱きしめる碧の手首を掴み引き離そうとした。

「やー。なにするのっ。まさきぃいっ。蒼がいじめる~~」

「正樹が困っているだろ。離れろ」

「困ってないよね?正樹は困ってないよね?」

腕に力を入れて全力で抵抗する碧に蒼が叱咤する。正樹はぽかんと成り行きを聞いていたが、頭の中は真っ白だった。真っ白で、

(え?なに?なに?え?なに?)

蒼のキスで微かに湿った唇を感じ、蒼と碧の攻防を右から左へと聞き逃していた。聞き逃していたために、あざけるように笑う碧と苛立ちをまったく隠さない蒼を見ることはなかった。

 「まさきぃい」

悲鳴のような碧の呼び声で我に帰る。碧から蒼を引き離そうとすると、顎を掴まれて上向きにされ正樹はぐげ、と奇声を上げた。上げ、不機嫌そうな顔つきだった蒼があからさまに怒った顔で正樹を見ていた。その視線に言葉を失ってしまい、次の動作が遅れた。遅れたために、再び口をふさがれた。驚愕した。始めのただ触れあったキスではない。背筋に言いえぬ悪寒が走る。逃れようと抵抗を試みるが碧がしっかりと正樹を抱きしめて離さない。悲鳴を上げたかった。どういことだ、と。おまえら何してんだ、と。けど、

「ん、んぅ…っ」

思考か痺れる。蒼の舌先に翻弄され、未知の感覚に恐怖した。女性と付き合ったことの無い、女性経験皆無の正樹は知識はあっても『それ』をすると、どう感じるかは分からなかった。溢れ出る唾液を舌で舐め取り、長く感じたキスは再び触れ合うだけのもので終わりを告げた。ちゅ、と言うリップ音で現実に戻る。蒼の親指が正樹のだらしなく開いた口からこぼれた唾液を拭う。
とたん、とてつもない羞恥心に襲われた。まるで赤ん坊にするような、幼い子供にするようなもので、碧の拘束を何とか解き手の甲で、服の袖で口を拭う。拭って、

「ぁああ、あおっ」

動揺し、困惑し、泣き出しそうになった正樹に碧が明るく声を上げた。

「ケーキ食べようよっ!」

と言いつつ、チキンにかぶりつく。ん~~~っおいしぃい!と次々食べていく。
ケーキといいつつチキンにかぶりつく碧に正樹はいつもの碧でほっとした。

「蒼も食べようよ。正樹も~」

二人の分を皿に置き碧は渡す。布巾で指先を拭き、蒼の準備した包丁でケーキをカットする。カットしたケーキをお皿に置こうとして、

「お皿ないよ、蒼」

「そもそも、枚数が少なんだよ」

「えー、正樹。お皿もっといっぱい買ってよっ。蒼と私の分!」

お箸とか、おわんとか茶碗とか!明るく言う碧に、先ほどの蒼からの濃厚な口付けが嘘ではないかと――クリスマスが見せた幻ではないかという気になってきた。正樹は現実逃避をすることにした。そう、忘れるのだ。碧が『蒼』とキスしたことを何も言わないのは可笑しい。一人で見た、幻で――。そうだ、これは幻だ。
正樹は無言で碧の要求に頷く。頷いて、チキンにかぶりついた。

「あのね、あのね。蒼はお得だよー。彼氏にしちゃいなよ~」

むせた。
むせて、正樹は化け物を見るように碧を見た。碧は微笑んでいた。いつもの微笑だ。笑顔だ。笑顔で、

「碧、余計なこと言うな」

「えー。だって絶対正樹、蒼とのキスなかったことにするつもりだよっ。私だって正樹とキスしたことないのにっ」

むくれる碧に呆れる蒼、そして――、

(げ、げんじつかーーーーーー!?)

胸中絶叫した正樹。正樹はチキンを両指で持ったまま、

「な、ナニ、イッテルノカナ…。ミドリ…」

「蒼は正樹のことが好きだから、蒼と正樹が恋人になって、結婚すれば私は正樹の『妹』になれるじゃない?これって良いことだと思うよね!」

軋むような動作で蒼のほうを見る。呆れていた蒼は、正樹と視線を合わせると露骨に不機嫌になった。その不機嫌な様に、正樹は震えた。
今日来てからからずっと不機嫌だ。正樹は脅えた。
嫌われた―?怒らせた―?
正樹のすべてを肯定して(好いて)くれと思ってはいないが、否定される(嫌われる)ことは耐えられない。

「正樹、正樹は蒼のこと、きらい?」

その言葉に、正樹は首を横に振る。横に振って、

「……よく考えろ。…蒼は、男だ」

「正樹は女の人だよね」

碧の言葉にぐ、と呻く。現実を見ろといわれた気がした。

「いや、いやいやいや。よく考えろ。俺は男から女になったんだぞ!なんていうか、偏見的な見方で言うけど、ちゃんとしたもともと女の子とどうにかなったほうが―」

「正樹が男でも女でも、俺は正樹が好きだ」

真っ直ぐと告白してくる蒼に硬直する。いつの間にか「僕」という言葉を使い始めた蒼。礼儀正しい蒼。「よく正樹の乱暴な口調が移らなかったな」と揶揄されたときがあったが、蒼は微笑みながら「正樹兄さんはちゃんと場をわきまえて言葉を使ってますよ。それに丁寧な口調の兄さんはちょっと…寂しい感じがします」と答えた。つまりは、砕けた物言いのときは気心知れた人たちと一緒の時だと言ってくれたのだ。感動した。感動したので、指摘を受けた際、蒼と碧の前で乱暴な口調を使っていたことに激しく後悔し、動揺していた正樹は蒼の前では自分らしくいようと決めたのだ。

「……『正樹』って…『俺』って…」

蒼の『俺』や『正樹』という呼び捨てを再び聞き、彼の中で新城正樹は『兄』でなくなってしまったことを再度思い知る。なら、蒼の中で新城正樹という存在は何になった?

「………なんで…?」

なんで、そんなのことになったんだよ。いったい。
正樹の指先から力が抜けて、チキンがぽとりと床に落ちた。つけたままのテレビ画面から笑い声が響く。碧も蒼も何も言わない。正樹はわけが分からないとうつむいた。うつむいて、顔を上げさせられた。不機嫌そうな、蒼と視線がかち合う。あからさまにため息をつかれた。
ビクリと正樹は脅えた。

「正樹兄さんを別に女性として扱うつもりはありません。ただ、正樹が好きなんだ。一緒にいたい」

「それは、へんだ、おかしい―」

「どうして?」

「だって」

視線だけが碧向けられる。その意味を蒼は知っているのだろう。両手で正樹の頭を挟んで視線を自分だけに向けさせる。

「碧のことですか?兄妹で折り合いをつけました。兄さんは碧から手を離したんでしょう?なら碧が誰を選ぼうと兄さんには関係ないでしょう。兄さんが碧がしがみついて離さなかった手を振り払ったのなら、僕が兄さんの手を掴んでもいいでしょう?」

よくない、と出かかった言葉を飲み込んだ。飲み込んで、

「碧の代わりにおまえがって言ってるようなもんだぞ」

「代わりになるつもりはないよ、俺は」

なんだそれは。というか、これは蒼なのか?俺の知っている蒼は優しい男の子だった。言うこときいてくれた。正樹が困る我儘なんて言わなかった。なんだこれは。おかしい、おかしい。なにもかも、おかしい。
混乱している正樹を絡め取るように額に口付けを落とし、爆弾を投げつけた。

「前に言った通り冬休み中お世話になります、兄さん」

はぁ!?という言葉は、碧のケーキコールによって遮られた。正樹の顔を抑えて上げさせていた蒼の両手が離れると二人でチーズケーキを数少ないお皿に置いた。混乱して言葉を失っている正樹に、碧がフォークで細かく切ったチーズケーキを刺して笑顔で「あーん」と言った。食べさせてくれるのだろう。ぼんやりとしていた正樹はいつもの癖であーんと口を開けた。が、その開けた口に別方向からチーズケーキを刺したフォークが乱暴に差し込まれた。

「むげっ」

「あーー!」

正樹の奇声と碧の非難の声。蒼は碧に対してふんっと鼻を鳴らして勝ち誇ったように笑う。そんな蒼に、厳しい表情を向け、

「……そう。でも、正樹は私のなんだからっ!正樹!一緒にお風呂入ろっ!」

チーズケーキを租借していた正樹が咳き込む。咳き込んで、信じられないものを見るように碧を見て、

「ちょ、なにいってんの?!」

悲鳴を上げた。碧は胸を張って、

「正樹は女の子。私も女の子!一緒に入って何が悪いの!?恥ずかしがることも男女だからってお風呂に入らなくなったのも、もう関係ないもーん!」

全力で正樹にタックルし、抱きしめた。ぐえ、という悲鳴を無視し、正樹を押し倒した状態で「女同士なら正樹と洗いっこできるんだよねっ。二十歳にならなくても、うれしいことだよね!」と笑顔で言う。そんな碧を蒼が無理やり引き離した。「やーだー」と騒ぐ碧に、近所迷惑だろ!と叱責し、正樹に謝ると碧はむくれたまま静かになった。正樹の立場を悪くしたくないのだろう。そんな小さなことに正樹はじーんと胸を打たれ、ほだされる。チョロイと思われていることは本人は知らない。

「いっしょにはいろっ」

上目遣いで碧が正樹のパーカーの裾を掴む。大好きな幼馴染(妹)にそんなことされれば縦に頷かざるえない―が、

「バスルームが狭くて二人は無理だし、風邪を引くから駄目だ」

と、正樹の腰を引き寄せてぽすりと胸に抱きかかえる―これまた大好きな幼馴染(兄)。
その蒼の体温を感じ、兄妹に挟まれて――正樹は思考を彼方へ飛ばすことにした。



(5)





 翌日。正樹は心底免許を取っていて良かったと思った。郊外のホームセンターから来客用に布団や食器類を購入し、軽トラックでアパートまで運んだ。その際の付き添いは碧だ。蒼は軽トラックの助手席争奪戦に負けてしぶしぶ家でお風呂の掃除や朝食の片づけをした。
昼食は布団を購入した際についでにスーパーによって、パスタの材料を仕入れてきた。シンプルにミートソースにしようと言うことで、碧がせっせとソースを作り始めた。ここでレトルトのソースでいいんじゃ?と突っ込む人間はいない。正樹は蒼や碧においしいものを食べさせてやりたいがためにソースからこだわる人間で、それに付随して碧もまたその料理の腕を上げ、蒼にいたっては碧の料理にケチをつけることはしない。今後の食事事情も踏まえてのことだが、碧が一生懸命考えて作ってくれている料理だからこそ出されたものはすべて食べる。たとえ、分量に不満があったとしても。

「……ソース…少なくないか…?」

「気のせいだよ~」

正樹6、碧3、蒼2の割合で分けられたソース。

「ソース足りないならやるぞ?」

山盛りのパスタの上から掛かっていたソースをスプーンで掬う正樹に、分量的に間違いのない量のソースを断った。

「正樹ってば相変わらずたくさん食べるね」

「まあなぁ」

「の、割りにお腹に余分なお肉ないね」

「毎日の運動は体にいいぞ。あと配送センターのアルバイトも結構いいぞ」

肉体運動的に。と付け足した。蒼はソースの少ないパスタをフォークに絡ませながら、会話に入らず食事に集中していた。正樹は碧との会話の最中に、蒼を伺うように時たま視線を向けた。ちらちらと視線を向けながら、会話はない。
正樹は宙に浮いたままの問題―蒼の告白―をどうするか迷っていた。数えるつもりも無かったのだが、ファーストキスもセカンドキスも持っていかれた状態だ。ノーカウントとして無かったことにしたら、どう反応を返すのだろうか。そもそも、たかがキスを気にする必要も無いのだ。そう、王様ゲームをして目の前で男同士がキスして笑い転げたことがあった―アレが自分に当たったと覆えばなんてことはない。蒼とのキスはノーカン。あれはキスではない。だから、別段、不機嫌な…蒼の反応に脅える必要はないのだ。正樹は大丈夫だと言い聞かせながら、碧と何気ない会話していた。胸中は酷く焦っていた。いつもの、いつもの関係に戻りたいと―。大好きな二人と。

いつもの―。


 「正樹、お皿洗っちゃっていい?」

じっと食べ終わって空になった皿を見ていた正樹に碧は問いかける。はっと我に帰り苦笑いを浮かべて空の皿を渡す。預かった碧は鼻歌を打たないながら食器を洗い始め、


「っあ…」

なぜか、正樹は蒼に襲われていた。顎を固定されて深く口づけをされながらねっとりと口内を味わっている蒼の背を乱暴に手で叩くが一向に離す気も無く、息継ぎの仕方も分からない正樹は次第に抵抗しなくなり後は蒼のなすがままとなる。

「……っお、まっ」

解放された口で空気を吸い込むが、まだ苦しい。目に涙を浮かべる正樹の顎に流れた唾液を拭い取り蒼は眉を跳ね上げた。その様子に、びくりを身体を震わせ、

「な、なんでっ」

「言っても聞かないから。正樹は信じてくれないから」

あと、無かったことにするから。
責めるように告げられた言葉に、正樹は言葉を失う。

「っぅ…」

それに、ノーカンなんていってられない。無かったことになんてもう出来ない。一回や二回なら、笑って誤魔化せるのに、執拗に触れてくる蒼にもう頭がパンクしそうになる。もう、ごまかしの選択は無い。


全力で拒否するか、受け入れるか。


「正樹が好きだ」

悲鳴を上げたくなった。このまま意識を失ってしまいたい。聞かなかったことにしたい。

「っご」

めん、無理だ。
拒否の言葉は再び塞がれた蒼の口の中に入っていく。人の話を聞け!碧が洗い物をしているのに、何を考えているんだ!お前は!、と怒鳴りたいが、経験者と未経験者のスキルの違いはどうしようもない。解放された正樹はソファーベットの縁にくったりと身を任せて、ありえない、と胸中呟いた。
そして、

「俺、歯…みがいてない…」

「僕もですね」

「味がした…」

ミートソースの。

「次はコーヒー飲んでしましょうか?」

余裕気に告げられた言葉に、正樹は視線を蒼に向けた。

「蒼、俺に隠してるつもりなんだろうけど…お前実は甘党だろ…」

「………」

「裏切り者…っ」

「っ!!」

悪戯がバレた時の子供のように身体を震わせ顔色を変えた。動揺する様を見て、すこし溜飲が下がった。蒼の手の平でうまく転がされてやるもんか、と瞼を下ろした。

「あれ?正樹どうしたの?お腹いっぱいで眠くなっちゃった?」

「んやー…ちがう」

「蒼、何で顔そむけるのかな?」

「蒼が俺を裏切ったから、いま怒ったトコ」

「え?!う、裏切った!?まさか正樹と言う奥さんがいるのに浮気したの!?」

「まて!おい、碧まて!お前の中で俺は今どんな位置付けだ、おい」

驚いた碧の叫び声の内容に、飛び起きた正樹が声を上げた。悪びれることなく碧は笑顔で告げた。

「蒼のお嫁さーんで、わたしは正樹の義理の妹なの!」

「……碧、俺に対してものすごく怒ってる?」

「怒ってないよ?正樹がわたしのことどーでもいーなんて思ってないけど、わたしが正樹以外のものになっても半殺しで許してあげて喜んで祝福するとか馬鹿なこと言って無ければ全然、怒ってないよー」

正樹は蒼を見た、見て蒼は首を横に振る。その二人の様に、碧は笑みを貼り付けたまま、

「そんなこと思ったんだ。言ったんだ――蒼に」

「いや、あの…」

バレた。落ち着け、と正樹が碧を宥めようとすると、碧の腕が首に回り―。
蒼が「あ」と声を上げるよりも先に、正樹に碧をキスをした。

「女の子同士のスキンシップに――、年齢関係ないよね?」

リップでも塗っていたのだろう、濡れた感触が正樹の唇残った。正樹は、目がこぼれるくらい大きく見開き固まっていた。

「きゃっ。ファーストキスは正樹にあげちゃった」

照れたように頬を押さえ身をくねらせた碧を蒼は睨みつけた。睨まれた碧は涼しい顔で正樹に抱きつこうとして、襟を蒼につかまれ引きずられた。

「ちょ、やー!服が伸びる~~」

「み・ど・り…っ」

「なによー。自分だけ正樹とキスしてずるいしっ!」

「ずるいって」

「いいじゃない。ほら、正樹は別に」

微動だしなかった正樹が立ち上がり、床を指差して碧に告げる。

「碧。ちょっとそこに座れ」

――重低音。
俗に言う、ドスの聞いた声と言うものだろう。つまり、とても怒っている。正樹は怒ると声に出る。兄と妹は戦慄した。やばい、やりすぎた。と。正樹が本気で怒ったと。
碧は上目遣いで、てへ。と笑うが正樹は無表情で碧を見下ろす。その様に碧は、表情に出さずに脅えた。正樹が本気で怒るときは、蒼と碧に何かあったときや、『してはならないこと』をしてしまったときだ。その怒りが二人に向けられたことはあまり無かった。

「碧。別にお前とキスしたくないとかじゃない。したければすればいい。けど、俺は碧には『恋人』になる人としてほしかったんだけど。これを言うと碧は怒るし泣くから今まで言わなかったけど、――碧には俺以外を見てもらいたかった。俺は碧にも蒼にも答えられないし、答えるつもりはない」

碧は、驚いて目を見開いた。蒼もだ。

「俺はお前たちをずっと俺と言う『箱』に閉じ込めていたんだ。俺がお前たちにすごいって褒められていい気になりたいために、ずっと、出会ってからずっと『箱』に閉じ込めてた。自分が褒められたいだ。だから、俺は蒼や碧を『箱』から出すことにしたんだ。お前たちには俺以外を見てほしかった。俺はお前たちが思っているほど良いヤツじゃないし―」

「正樹のアホーーーーー!」

「正樹兄さんの馬鹿!!」

正樹の告白に、駒形兄妹は同時に叫んだ。叫んで正樹に飛び掛った。驚いてよろけた正樹の上に、蒼と碧が圧し掛かり正樹と一緒に床に倒れた。

「何分けの分からないこと言ってるの!?」

「何分けのわからないこと言ってるんだっ!!」

同時に叫ばれた。正樹は倒れた際に背中を打ちつけたらしく苦悶していたが蒼も碧もそれど頃ではない。本当に自分たちは正樹から捨てられそうになっていたの真実に憤った。
正樹の箱と言う、大切な宝箱の中から―。
捨てられそうになっていたのだ。いや、捨てられていた。

「正樹がすごいのはあたりまえだよ!?努力してるんだもの!それをすごいって褒めて何が悪いの?!」

「閉じ込められてるつもりなんてないっ!俺たちは自分たちで正樹兄さんの側にいたんだ!いたいから側にいたんだ!!」

同時に叫ぶ兄妹に正樹は目を白黒させて驚く。

「で、でも、おれは―」

「俺は、じゃないーーー!正樹はそんなことでわたしたちから離れたの?!県外の大学に言っちゃったの!?そんなことで!?」

その言葉に、呻いた。図星を指された正樹は、顔を背けようとしたが蒼に顔を固定された。
17の女の子と、18の男に圧し掛かられている図、しかも顔を背けることは出来ない。まるで、刑罰を受けているようだ。

「っだって、蒼も碧も、おれなんかよりもっといいやつ――」

「兄さんがいいっていてるだろ!!どうしてわからないんだっ!!」

蒼が感情にまかせて怒鳴った、悲鳴に近い叫び声だった。これには碧も驚き、正樹から蒼に視線を動かした。怒鳴られた正樹はやや放心している。蒼は基本的に正樹に従順だった。反抗されることはほとんど無かったのだ。まして、からかって怒られることはあっても―怒鳴られることは無かった。

「じゃあ、兄さんは僕等が兄さんを好きになった責任を取ってください!」

「は?」

「責任とって僕と結婚してくださいっ!」

付き合ってください。から、ランクアップした言葉に正樹は「蒼が壊れた」と呟いた。

「ああああ、蒼が壊れた!!碧!蒼が壊れた壊れたぁあああ!!」

正樹が碧にすがり付こうとするし、碧が正樹を抱きしめようとするが、蒼の腕が阻止した。
抱え込まれるように抱きしめられた正樹は、碧に手を伸ばす。
蒼が壊れた、しきりに碧に告げるが碧は笑顔を浮かべてた。

「正樹と蒼が結婚すればわたしは『義理の妹』だね☆」

この部屋に、正樹の味方がいないことを正樹は知った。

「ち、ちがうだろ!?違うだろ!!俺は、俺は蒼は美人で気立てがよくて料理もうまくて掃除もうまくて、人となりも良くてっ」

長い前髪をかき分けられ、額を出された。正樹が気にしている大きい目の視線と蒼の目の視線がかち合う。

「正樹は十分美人ですよ。さらに料理もうまくて掃除もうまい。今はどうか知りませんが、友達もいっぱいて輪の中心で―だれからも頼りにされてました」

かつての自分を告げられた。いまは、大学で地味男ジミーで通っている。友達も手の平の数くらいしか
いない。まあ、多ければいいものでもないが笑いの対象にしかならない今の正樹と友達になってくれる学生はそのくらいしかいなかった。

「正樹は――俺の憧れで、碧と一緒いる正樹がずっとほしかった。ずっと俺の側にいてほしいって思っていた―。だから、正樹が女性で碧が手放されたなら、僕がそこに行きたい。側にいたいっ」

真っ直ぐ告げられた言葉に、正樹は首まで赤く染め上げた。たぶん本気で、好きだといわれている―。逃げられない。

「っお、おれは、たぶん。むり―」

だ。と言おうとした正樹の唇を塞ごうと蒼が顔を動かした。拒絶の言葉を何度も塞ぐ、その憎たらしい唇。何度もその手にかかるか!と正樹は顔を捻ったが、耳元に息を吹きかけられて悲鳴を上げた。

「なっなななっ!?」

「あー、正樹耳よわいのね」

憮然と成り行きを見ていた碧が意外な弱点に心躍らせた。今度やろう。そんな風に思っているのだろう。

「な、なんにすっ」

「蒼、彼女いたよー。正樹よりもぜんぜん先に進んでるからねー」

棒読みで告げられた言葉に、正樹はえ!?いつ!?と悲鳴のような声を上げた。知らなかった蒼の過去に、「蒼の彼女見たかった!」と残念がる正樹に碧が顔を曇らせた。そんな碧を見て取った蒼が碧に首を振る。余計なことを言うな、と。正樹はその動作をよく知っていた。だから瞬時に顔を険しくさせた。

「……おい」

「正樹が恋人になってくれたら話します」

ずるい!と叫びそうになった。二人の様子から、蒼の元彼女はあまりよろしい関係ではなかった、と正樹は思った。正樹にとって、蒼と碧を悲しませる人間は敵に等しい。
大切な、大切な幼馴染で―大切な人たちで。大好きな蒼と碧。
だから、結局叫ぶ。

「っず、ずるい!」

「別にずるくていいです。別にいま答えを貰わなくてもいいです」

告白の答えを貰わなくて言いと告げられた正樹は、息を呑んだ。いや、多分。時間をかけて口説き落とすつもりなのだろう。正樹は首を振る。時間をかけられても無理だ。無理なものは無理だ。

「俺は―」

「来年正樹の大学に入学したらきちんと口説き始めますから」

「……まじ……」

「代理保護者のおじさんの協力で資金面は何とかなりましたし…あと、誰かさんが服を売った代金とかアルバイト代も…ご丁寧に僕の名前で貯めていたみたいで」

だから、行きます。必ず受かります。そう言って微笑んだ。
正樹は父親の満面の笑顔を思い浮かべ、

(よ、余計なことまた言いやがってぇえええ!!)

胸中怒りに震え、絶叫していた。

「僕が入学する四月前に男が出来たらひどいですからね」

「………え?」

ひどい?ナニが?

「蒼!がんばれ!既成事実ならいまでもOKだよ!?ばっちり承認になる!わたしなるよ!」

正樹は何度目かの悲鳴を押し殺した。この兄妹―本気だ。本気だ。

「わたしはどんな正樹でも大好き!蒼以外のものになった正樹は―」

ふふふ、と笑う碧が怖い。

「ヒドイメにあわせちゃうぞっ」

怖い。
目が笑ってない。

「碧、正樹兄さんが脅えてるよ」

「えー。あと三ヶ月ちょっとで狼さんが近くに来ると思ったから脅えてるんじゃないの?」

「狼って…」

「だって蒼のキスは初心者用じゃないもん。あれは上級者用のえっちぃキスよ?」

だから狼さん。と揶揄して笑う碧に蒼が呆れたため息をこぼす。そのため息ですら、今の正樹には恐ろしかった。

「箱、って言ってましたけど―兄さんは勘違いしています」

顔色の無い正樹に蒼は微笑んで告げた。
勘違い?と困惑した眼差しを蒼と、碧に向けた。二人は笑みを深くした。深く微笑み、碧が蒼に抱きしめられている正樹に抱きつた。
ぎゅっと、二人同時に抱きしめられ、

「『宝箱』に入っているのは―新城正樹さんですよ」

蒼の囁きに、全身を粟立たせた。


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